二八そばの由来 庶民的逆二八説  http://what.toriichi3.com/zatugaku.html


Toriichi3のひぽぽたますが逆立ち調べてみるとこんな意味その1

二八そばの由来 庶民的逆二八説 
こないだ、二八そばの「そばの分量」の話になって、おらぁは
「そば粉が2割しか入っていない」と教わったと言ってはみたが・・・

そば粉、2割じゃあ、ほとんど「うどん」だよなぁ~・・・?
・・・っと、自分でも疑問に思い、ちょいと調べてみた。


「二八そば」の云われは諸説あって、説得力のある説は
現在まで見つかっていないそうですが、
まずは、問題になったそば粉の分量について・・・


そば粉に、2割の小麦粉? うどん粉に2割のソバ粉?

そば粉だけのそばを「生粉そば」(十割そば)として、
「幾楚者・生蕎麦」(きそば)と呼ぶ。

これに対して割粉を入れたそばは、軽視(蔑視)され
「駄そば」とまで呼ばれていた。

「駄そば」呼ばれては、商売として成り立たない、
そこで「二八そば」と呼ばれていったのでは・・・?


(逆二八説)

うどんやそばの商いの歴史を江戸に限って見ると、
江戸に、そば切りが徐々に広がった経緯があり、
江戸中期頃までは、うどんが全盛だった。

そば切りに、徐々に割粉を入れる、そばが普及していったように、
うどんにも、徐々にそば粉を入た「そば粉入りのうどん」が
作られるようになった。


蕎麦切屋(そばメイン)の店と、
麺類屋(うどんメイン)の店とを、
分化していく時期でもあったらしいので、
こんな風におらぁは思います。

割粉を入れたそばは、軽視されている中で、蕎麦切屋の店が
わざわざ2割の割粉を入れて打つ店は少なかった?

対して、麺類屋の店の方が庶民的で、2割のそば粉を入れて
打った店の方が断然多かった?

商いとして考えると、「庶民的=早い・安い」な、
「うどん粉に2割のソバ粉」の方が多かったので、
「二八そば」としての方が名が広まったのでは?

今も昔も、庶民的な方が底辺は広いですからね、
説というものは、狭い方の意見に流せれますから・・・(笑)

ってな訳で、
小麦粉にソバ粉を入れるものと、そば粉に割粉を入れるものを称して、
「二八そば」と呼んだのでは・・・?

実際、「九一そば」と言い、「そば粉9割小麦粉1割」で、打ったそば、
   「二八うどん」って、2割がソバ粉のうどんもある。

そば粉8割というのなら、「 二八そば 」ではなくて
「 八二そば 」と言えば、まぎらわしくなかったのでは・・・(笑)


江戸は「そば」、尾張・三河では、「うどん・きしめん」って
固定観念がおらぁにはあるせいなのか?
「江戸っ子」と言えば「そば」を連想してしまいます。

江戸っ子は東京の街や文化に強い誇りと愛着を抱いますからねぇ
あまりい~かげんな事は言えないですね・・・べらんめぇ

という感じで、(逆二八説)が近いのかなぁ~なんて思います。

見栄とプライドほど始末のわるいもんはねぇ~ですな(実感)

今は、「そば粉8割:割粉2割」のそばの事を、
「二八そば」と呼ぶのが一般的なんでしょうか・・・

「幾楚者・生蕎麦」(きそば)とある暖簾のお店でも、
「二八そば」を出しているとも聞きます。

地方にもよりますが、蕎麦屋さんより、うどん屋さんのお店の
方が多いような気もします。

蕎麦屋さんは、おらぁには座敷が高くて・・・
腹いっぱい食えるうどん屋さんによく行きます、
っていうか、よく自宅で「めんこ」を食います。

めんこ=うどんで、温い肉ネギ汁につけて食います。(ズルズル)


ちなみに、
いぃ~かげんて(良い加減)で、本当はいい意味なんですけどね


「代価説」

江戸時代、蕎麦の値段が16文だったので、
かけ算の九九「にはちじゅうろく」のしゃれで
「 二八そば 」というようになったというのが代価説です。

江戸時代には、そばとうどんは同じ値段というのが常識ですから、
「二八うどん」という名称も合理的です。

また、安さをウリにするそば屋には、
12文の「二六そば」というものもありました。
これも代価説の根拠になっています。


二八そばの由来

手打ちそば喜心庵(てうちそばきしんあん)
という札幌の手打蕎麦屋のホームページより引用

「二八」という言葉の使われ方の推移をみると、
そばが十六文で定着してからは
「九九・価格」(ニハチ十六モン)で
納得されて使われた期間は長い。

ところが幕末以降の物価高騰で一気に五十文となり、
明治には五厘から再出発することになって
いよいよニハチの根拠が無くなってしまう。

それで一時期はしかたなく単に「二八そば」という
呼称だけが習慣として残ることになる。

やがて「二八」はそばの品質とか差別化をあらわす使われかたとなり、
さらに高品質イメージに加えて、
「打つ側も味わう側も」
ちょうど頃合いの配合比率であったところから、
「粉の配合割合」を表す言葉として、
すなわち「二八の割合」という
新しい解釈が生まれて現在に至ったのである。

要するに「二八・十六文の価格」から
「粉の配合割合」に移行したとする説は、
初めは「九九の二八価格」の時代であったが
物価が高騰していったので矛盾が生じ、
次第に「粉の配合割合」を表すように移り変わったとするのであるが、
文政・天保の十六文が定着してから今
日に至るまでの経過ではたしかに説明が付くが、
やはり先に述べたとおり、
それ以前にあった八文や十二文の頃の説明にはなっていない。

どうしても十六文が出現する以前のことが謎として残るのである。

このように「二八そば」の語源については
これらいずれの説をもってしても、納得のいく説明にはなり得ず、
しかもそれ以外でも説得力のある説は現在まで見つかっていないのである。

そば切りが誕生した当初の頃は
「そば粉だけの生粉」で作られていた。

その後、そばをつなぐ工夫がされてやがて
小麦粉が割り粉として使われるようになった。

そしてそれが一般に普及しだしたのは、
「二八」という言葉が出現したあたりの時代であったと考えられている。

水を加えるとグルテンを形成してつなぎやすくなるという、
小麦粉の蛋白質を利用する手法であるが、
それが普及し始めてすぐに粉の総量を十割と換算して
それに対する二割を小麦粉にし、
八割をそば粉で計量する現在的な百分率や比率で
配合計算をしたとは考えにくい。

おそらく「(そば粉)四杯と(小麦粉)一杯」とか
「大きな枡一杯に小さい枡二杯(一升に二合)」、
または同じ分量の「同割り」の「一杯一杯」などという
計量方法であったと考えられる。

さらに配合割合説の問題点は、
小麦粉(と塩)だけで作られるうどんにも
「二八うどん」までも後に登場している点であって、
「二八そば」の語源は
「二八うどん」の語源としての説得力もなければならないのである。

「逆二八説」とも言われるそば粉二割の配合割合説について

そば粉が八割でそれに入れるつなぎ粉が二割であるなら、
主原料の八割が先で「八二」と表現されるべきであるが、
「二八」となっているのは、
そば粉が二割で小麦粉八割だからとする説がある。

たしかに、江戸がうどん主流からそば主流に変わっていく過程で
「そば粉二割」が売り出されたとしても不自然でなく、
さらに、江戸期を通じうどんとそばの値段は
同じで推移していることから見ても
どちらが主原料になってもおかしくないともいえる。

また、「二八うどん」「二八そば」双方の語源にも
あてはまる点が悩ましく傾聴に値する説ではなかろうか。

ちなみに、現在の日本農林規格でも、
そば粉の重量比率が三割以上であれば「そば」と表示できる。

ただ、時代背景を考えた場合の二割:八割=足して十割という
配合方法が登場する不自然さは残ってしまう。

(*逆二八の説については、別に一項を設けることにした。)


「逆二八説」の論拠となるそばの実態があったこと

「二八そば・語源の謎」

「逆二八説」とは、そば粉が二割だとする配合割合説である。

そば粉が八割でそれに入れるつなぎ粉が二割であるなら、
主原料の八割が先で「八二」と表現されるべきであるのに、
「二八」となっているのは、
そば粉が二割で小麦粉が八割だからとする説。

これに対しては、肝心のそば粉が二割しか入っていなくて
小麦粉主原料のような(粗悪な)そばは
不自然だと決めつける風潮もあって議論の主流になり得ていない。

そば切りは、江戸時代の初期くらいまでは
すべてそば粉だけで作る生粉そばだった。

その後、そばをつなぎやすくする工夫の中から
小麦粉を割粉として混ぜるようになった。

これが「そば(切り)」の通説となっている。

つまり、そば粉だけの「生粉そば」(十割そば)のほかに、
割粉を二割とか三割、またはそれよりも多く入れて打つ
そば切りも作られるようになったのである。

この過程では、あくまでもそば粉が主役で
割粉(つなぎ)は脇役だから、
割粉(小麦粉)を多く入れて作ったそばは、
どうしても、そばとして軽視(蔑視)されるがごとき風潮があって、
ときには「駄そば」などとして分類されることになった。

だから、せいぜい同割(そば粉と小麦粉が同率)あたりが限界で
「そば粉以上に小麦粉を多く入れる」のはそばにあらず
というような錯覚を与えてきたのである。

ところが、うどんやそばの普及過程を振り返ると、
先ず小麦粉で作る(素麺や)うどんの歴史が長く続いていて、
その後発としてそば切りが作られるようになった。

うどんやそばの商いの歴史を江戸に限って見ると、
初めは(少なくとも江戸時代の半ばくらいまで)うどんが全盛で、
そば切りが徐々に広がった経緯があり、
その後にそばがうどんを逆転している。

初めはそば粉だけで混ぜものなしのそば切りで始まって
徐々に割粉(小麦粉)を混ぜるそば切りが普及していったように、
小麦粉だけで作っていたうどんにも、
徐々にそば粉を混ぜて打ってみる「そば粉混じりのうどん」が
作られるようになったとしても不思議ではないと考えられる。


(蕎麦全書から引用)

「二八そば」という言葉が出現したとされる
享保13年(1728)の頃より20年ほど後の
寛延四年(1751)脱稿の「蕎麦全書」は、
この時代では唯一といえるそばの専門書である。

著者の日新舎友蕎子は自らもそばを打ち、
「手製蕎麦家法」の冒頭に「手前にては挽抜そばといふ上物を用ゆ」
「そば粉を用ひて手製する時は、随分吟味して小麦粉のまじりなく、
至極上々の御膳粉と云ふを用ゆべし」などと書いていて、
自分自身がそばを打つ場合の心得として、
そば粉は「挽き抜き蕎麦という上物を挽いて」使うか、
脱穀した「挽き抜き」が手に入らない場合は粉屋(そば製粉屋)が
小麦粉を混入していないそば粉を充分に吟味した上で
最上級の御膳粉を使うようにしている。とある。

このように自らは「混じりなし」のそば粉で作る蕎麦にこだわり、
市中の蕎麦切屋のそばが、
小麦粉の割が多い現状を嘆いている箇所があって、
いかに割粉(小麦粉)を多く入れたそば屋が多かったかがわかる。

ただ、時代は江戸中期であり、蕎麦切屋(そばが主の店)と、
麺類屋(うどんも多く扱う店)が分化していく時期でもあったと考えると、
以下の抜粋箇所の「麪店家」とあるのは後者の麺類屋の実態ではなかろうか。

以下の通りである

①「江戸中蕎麦切屋の名目の事」  
「予按ずるに、そばは近代の製といへども、
今にては食中日用の佳品となれり。

夫故、当時上下の隔なく発向して大きによろしく、専ら盛になれり。」
・・・・の書き出しに始まり各店の名目を紹介しているところに
・・・・・「比ごとく色々の品あり。逐一挙がたし。
只其大概を書出す也。」
「右の通そば色々の名目はあれ共、麪店家の蕎麦はとかく小麦粉をまじへ、
其製よろしからず。

手前にて念を入能製したるにあらざれば、
真のそばとは云がたし。そば好寄なる人いかがおぼすらん。」

②「雑小麦麪煉」 「昔よりつなぎと称して、
そば斗りは製しがたしとて小麦麪をいるる事になりぬ。
わけて麪店家にてはそばに小麦の粉を入るるにあらず、
小麦粉にそば粉を加へ入るる様になりたり。
是を常とす。
麪店家の蕎麦を食して善悪を云事いとおかし。・・・」

③「蕎麦切屋のそば小麦粉を入る割の事」のなかに
「 或る人の談に、麪店家のそば、通例小麦粉四升にそば粉一升を入るる也。

四分一の割也。予、先年聞ける事あり。
神田須田町伊勢屋茂兵衛と云穀物屋有り。
そばを多く商ふ。出店に麪店家を出せり。
彼人云、頃日は蕎麦をよくせり・割を多く入三分一にせりと。
予問て日、そば三分にうどん一分なりやといへば、
左にあらず。小麦三分にそば一ッ分入るるとなり。
比談と相合す。今そば屋と云はじして、
うどん屋と唱ふるは、うどんを多く主に遣うゆえにやとおかし。」
などと当時のそばの商いの実例を挙げている。

「逆二八説」とも言われるそば粉二割の配合割合説は、
おそらくこのような背景をふまえての主張ではなかろうか。

江戸時代の初めから中頃までは「そばよりもうどんが主流」
であった時代背景を思い起こすと、
あながち軽視する訳にはいかないことと、
江戸がうどん主流からそば主流に変わっていく過程で
「そば粉二割」が売り出されたとしても不自然ではなく、
ちなみに、現在の日本農林規格では、
そば粉の重量比率が三割以上であれば
「そば」と表示しても良いことになっている。

さらに、「二八うどん」「二八そば」双方にも
比較的無理がなくあてはまる点も悩ましく
傾聴に値する説であるともいえる。

ただ、どうしても次の二点が引っ掛かる。
第一は、時代背景を考えると、
二割:八割=足してわざわざ粉の総量を十割と考える
現在的な百分率や比率をもちいて配合計算をしたとする不自然さである。

第二は、当時のそば粉などの計量には枡(容積)が使われ、
例えば蕎麦全書に書かれている小麦粉四升に
そば粉一升「四分一の割」、
また三分一(三分に一分)とあるのは一升枡での計る数であり、
それぞれ粉の総量は五升と四升であろう。

「料理塩梅集」では「うどんの粉をそば一升に三分まぜる」とあって、
現在でいうところの外三(そとさん)で総量一升三合と解せられる。
さらにこの時代も、同割で打たれることも多く
そば粉とつなぎが一杯一杯、または二杯二杯であるから
粉の総量は2升または4升である。

このようにこの時代は枡(ます)で何杯かが、
すなわち打つ粉の総量であった。
このようにみていくと、配合で、わざわざ二八(八二)というのであれば
二杯と八杯ということになる。
4升や5升のそばは打てても10升は論外であろう。

どうしても、二八であれ八二であれ配合比率だとすることには
無理があると考えざるを得ない。
*余談であるが、(升、ます)は容積で、
目方(重さ、グラム)とは異なるが、
そばを打つときの粉の総量をイメージしてみることにする。
現在の計量に沿って例をあげると、
素人のそば打ちは大体1.5kg(1500g)まで、
手打ちのそば屋で1.5kg~3kg、わたしの知る最多は5kg
関連項目
「生そば」「幾楚者」 コレなんと読みますか? 
「ざる・もり」の違い
二八そばの由来 庶民的逆二八説


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